地味な女子の読書とか映画とか。

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三島由紀夫:仮面の告白

4101050015仮面の告白
三島 由紀夫

新潮社 1987

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「私は無益で精巧な一個の逆説だ。この小説はその生理学的証明である」女性に対して不能であることを発見した青年が、幼年時代からの自分の姿を丹念に追求するという設定のもとに、近代の宿命の象徴としての”否定に呪われたナルシシズム”を開示してみせた本書は、三島由紀夫の文学的出発をなすばかりでなく、その後の生涯と文学の全てを予見し包合した戦後文学の代表的名作である。


「告白は不可能だ」
さて…。
三島由紀夫はホモだったって良く言われるけど
わたしは違うんじゃないのかなぁと思う。
事実、33歳で結婚してるし、子供もいるんだからね。
仮に男子ONLYだったとしたら、女性とそうなる…だなんて考えられないと思う。
じゃあバイセクシャルだったのか?と考えられるけど
それならもっとそっち系?の描写があってもなぁ、と思う。

この本では
ヒーローの物語、そしてその挿絵に憧れて
やがては、同級生に憧れる彼の姿がある。
それはあくまでも「憧れ」に過ぎない。
祖母に育てられ、女言葉を使っていた、ひ弱な男の子の憧れだ。
一人でたくさんの敵を倒す男。
そして筋肉や腋毛の発達した、男。
自分を省みる、青白い細い体。ひきこもりの精神。
彼に女性的なものがあったのは確かだろうけれど。

だから女の子とも恋愛ごっこらしいことも繰り広げる。
自らをホモだと思いかけている男子にとっては
(遊郭でできなかったことが彼のその意識に拍車をかけてしまうんだけど)
遊びのようでもあり、自分を試すものでもある。
だからこそ余計にその恋はかわいらしく、何気なく核心をつく。
もう自分のものにならないからこその焦燥。
一歩退いていると自分で信じている、その行動。

「憂国忌」の日にやっていたsmastationでは、
ミシマは自分の美しさを信じて云々…というくだりがあったけれど
それはちょっと違うと思う。
彼は精神のホモセクシャルの対象を自分にしたんだ。
自分を憧れの対象に近づけることを大人になってから覚えた。
文庫本の顔写真は、ギリシャ彫刻のような陰翳。
鍛え上げられた肉体を縛り付けたのは、少年の頃の自分が夢見た姿。
そしてヒーローになろうと、剣術に走り、
少年の頃着れなかった軍服に身を包んだ。

…ちょっと一時期の長渕剛っぽい気がするけど笑
自分をヒーローにしたドラマ作ったりさぁ。
もうつらかったもんなぁあの画面。笑

さて、一番最初の言葉はミシマのセリフ。
こういうことを言っちゃうんだからやらしいよねぇ、この人。笑


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三島由紀夫 | permalink | comments(2) | trackbacks(0)

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この記事に対するコメント

ま、バイなことはバイだったんでしょうけど
ホントの意味ではオトコも女もダメだったのではないかと思っています。
自己完結の人。
著作もすべて頭で構築されたものを書き写しているかのようにストーリーが進んでいく感じが。
予定調和とはずれてしまうと許せなかったんではないかと思っております。なんせ「豊饒の海」を読んでないからな・・・読み終わると感想も変わるかもしれませんけど。
読むぞー。
かっこー | 2005/12/20 11:41 AM
■かっこーさん

うーん、やっぱバイだったのかなぁ。
ミシマの本は読むけど
ミシマ論みたいなのを読んだことがないので
直感だけで書いてます。笑

>著作もすべて頭で構築されたものを書き写しているかのようにストーリーが進んでいく感じが。

でもオチは大抵ぐだぐだ。笑
豊饒の海、読んで!早く!
うたぎく | 2005/12/20 10:25 PM
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