地味な女子の読書とか映画とか。

現在、海外暮らしのため 不定期に更新しております。本が読みたい。
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花村萬月:百万遍 古都恋情編

百万遍 古都恋情 上巻百万遍 古都恋情 上巻
花村 萬月

新潮社 2006-10-19

おすすめ平均

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銀河という名の夜行列車に乗り、幸子を東京に置き去りにして、十七歳の惟朔は京都をめざした。性が主で、愛は従でしかなかった早熟で未熟な♂、惟朔は七〇年代の自由と解放区で初めて恋を知る。『百万遍 青の時代』につづく大河自伝小説、第二弾。

長えよ。
前の「百万遍 青の時代」のときに
「ちょっとまだ子供なんですけど。まだ続くのこれ」と思ってたけど
この本、17歳のほんの何か月かで、ぶっといハードカヴァ2冊ですよ。
自伝が大河になるってすごいっすね!!
ほんっとこの人自分のこと好きなんだね!

とはいえ、わたしはすっかり萬月調に慣れてしまっていたので、
ほぼ1年半ぶりに読む萬月さんをごくごくと飲んだのありました。
(何という表現だ)
本が分厚くなるのは、もちろん萬月さんの人生、ネタてんこもり★というのもあるけど
文章がこれでもかというほどくどい、という理由もあるだろう。
道を歩いているときに、右に何があって左に何があって、1階が何々が入っているビルの何階で
他の階には何何があって…みたいな、
半ばどうでもいいですよ、的な文章が半端なく多い。
そしてそれについて惟朔は上の空で××と思い、いや○○と思いなおし…みたいな。
なので、最初の数ページ(夜行電車で京都駅に降り立ち、駅を出て、ご飯食べるまで)くらいは
やっぱり「おおお、くどさに磨きが」と思うのでありました。
(慣れると自然と読み飛ばすようになります←最低)

しかし、「青の時代」の馴染みない土地とは違い、
今度は京都が舞台なので、10年暮らした私にはありがたい。
もちろん、惟朔が京都に転がり込んだのは70年代で、
30年の間があるのだけど、
そう思うと京都っていうのは、ほんと変わらない町やなぁと思う。
もちろん、市電という路面電車はもう走ってないし、
学生運動の若者やヒッピーももういないけど。
「ほんやら洞」も「進々堂」も「ブルーノート」も「静香」も
「六曜社」も「三条のイノダ」も「小川コーヒー」も「みゅーず」もある。
「静香」に至っては、その人今、婆ちゃんになったけど店やってるよ!と思う(笑
(こうやって書くと、京都って喫茶店ばっか)
四条大橋のところの「にしんそば」もまずいまま(ぇ)残ってる。
「大力食堂」もある。
惟朔と鏡子が買い物をした衣料店もまだあるし
「京都BAL」もある。パチンコ屋の「キング」も健在だ。
たぶん、あの鴨川の風景は変わらないのだろうし
京都駅の裏は相変わらず工場地帯だし
千本中立売も…まああんなかんじだし。
そして恐ろしいことに京都大学吉田寮は今でも月額400円だ。
(※わたくしの京都は1年半前でストップしているので、もし変わってたら教えておくれよ)

なんだかよくわからないが、常に女の子が自分の方を見てて発情し、
それを転がす技を17歳にしてすでに体得している惟朔くんは
京都でもその技を発揮し、あっちこっちに転がり込む。
そして、男どもの懐にも飛び込んで、あっちでもこっちでもかわいがってもらっておる。
愛嬌、というのかもしれないけど、それにしても限界あんだろ?と思ったが
受け入れる「時代」というのがあったせいかもしれないな。
そうやって飛び込んでいって、受け入れてくれる世界がかつてあったのかもしれない。
困った人を助ける、という男気があったのだろうし
はみ出した人たちを許容する社会だったのだろう。
学生は間貸しの下宿で暮らしていたし、飛び込みの日雇いが可能だった時代。
(もちろん、今でもありますけどね。京都だし)
そして「京都」という場所は、そういう近隣から流れ込んでくる人を受け止め
受け止めるためには「東京のそばは汁が真っ黒や」という矜持を持ち続けないと
いけなかったのかもしれない。

まず最初に惟朔がほれ込む鏡子。
スタイルがよく、相変わらず美人で、お金持ちのお嬢様。
無一文に近い惟朔に、洋服を買ったり、下宿を世話しようとしたりする。
処女だったはずだけど、惟朔と付き合ううちにすっかり脂がのってしまう。
彼女が上巻の終りに、惟朔をばしっと捨てるところは
「おおお、よくやった!よくやった!いい女!!」と思ったのだけど
下巻にまた出てきたので「うーん、そりゃないよ…」と思ってしまったのでした。

それから、飲み屋の娘。
元々は、吉田寮の住人だったパイプという男の女だったのを
惟朔が彼女にすり寄って家に転がり込んでしまう。
これが結果として鏡子と別れる理由にもなるのだけど
彼女が惟朔を捨てるシーンも、なかなかドラマチックで良いなあと思う。
そうそう、こんなガキには多少世間を洗礼をね…と
うなづいてしまうのでした。
(しかし、その後すぐに惟朔は鏡子に電話をかけてしまう)

そして、ああ、名前を忘れてしまった…。
染物工場で働くこれまた美人な女の子。
結局、下巻の最後に彼女と付き合うことになって話は終了する。

そのほかにも、近くの看護婦寮に住む小百合が
誰もいないときに惟朔の性のお相手をしてあげている。
(ちょっと腹がたったのでこういう言い方をしています)
ま、実際、セックスをしなくても、たとえば道を訪ねた女子中学生や
深夜の喫茶店のウェイトレスや、ロック喫茶のマスターの嫁や
友人が下宿してる寺の娘や、とにかくたくさんの女が
惟朔に対して発情しているご様子。んなあほな。

で、女関係はさておき、
やっぱり読んでて面白いのが、同性との付き合いだ。
彼らは惟朔に体を与えない代わりに、多くのものを与えてくれる。
それは決していいものではない。
吉田寮に住む面々を惟朔は馬鹿にしてしまうし。
なぜか拾ってしまった愛ちゃんと呼ばれる汚いおっさんや
伏見のベアリング工場の社長、
彼らに対する惟朔の態度や、彼らが惟朔に対する態度を
読んでいるほうが、こっちとしては落ち着く。
惟朔に嫉妬を燃やしたり、立場を上であろうと虚勢を張ったり
もちろん、それを冷めた目で見る惟朔、
どこかしら自分より劣るものを見つけて、
表は猫なで声で、なついたふりをして、心ではたまにあざけっている惟朔。
もちろん腹が立つのだけど、惟朔から愛嬌を抜いたら
大概の人間が持ちうる感情じゃないのかと思わなくはないわけです。
ま、惟朔から見るからほとんどの男がダメなんだけど
反対の立場から見たらどうなんだ、ってことです。

とにかく、私たち、平成の世に生きる一般庶民女子(という身分があるのかわからぬが)は萬月さんの本を読んで、普段接する機会がないような物事に接することができるわけです。
京都南の工場や、伏見のベアリング工場の雰囲気、
千本にあるストリップ小屋の情景や、外せない雄琴、
ラブホテルではない、連れ込み宿。
哀しみを疑似体験できる。
ありがたいことであるよ。

三人称で書かれてるけど、ずっと惟朔の目線で物語は進んでるのに
突然、相手の感情が直に描かれる瞬間があって
そこが妙に落ち着かなかったけど。
あと、「××な○○であった」という書き方とか。
この小説あたりから急に出てくるようになったので
読むリズムが突然つまずくわたしであった。(こういう書き方ね)
時々、音楽に関するうんちくがだーーーっと出てきて、
その音楽を知らない読者からしたら「知らねえよ」と思うのだけど
でも、こういううんちくって、女性作家は書かないよね。不思議だ。

あ、今、思いついてしまったのだけど
知恩院の百万遍、とかけて
セックスを百万遍くらいして俺は今、ここに在る
みたいなオチだったら怒るよ。


百万遍 古都恋情 下巻百万遍 古都恋情 下巻
花村 萬月

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